No Music,No Life!

今日、このHP内のライブご案内ページに訪れてくださった方の数が至上最高を記録(具体的な人数は恥ずかしいから明かせないけど)したので、今日は音楽の話を書こうかと思います。

店にいらしてくださったことがある方は実感されているでしょうけど、うちのB.G.M.の音量はちょっと大きめ。
主に60~70年代の洋楽を流しています。

子供のころから洋楽は好きでした。
今はAFNに改称されましたが当時はFENという名前だった米軍放送が好きで、毎日聞いてました。
ウルフマンジャックやアメリカントップ40のケーシー・ケイセム、チャーリー・ツナとかね
今でもよく覚えてます。
当時は音楽はもちろん映画もそうでしたけど、アメリカではやったものが数か月遅れで入ってきていた時代。
トップ40は確か大貫憲章さんと湯川玲子さんが土曜の夜にやってらしたし、他にも”今”の流行りの音楽の情報を入手する手段はあったのだろうけど、やっぱりFENが早かったと思います。

英語なんてさっぱりわからなくても、「誰が歌ってるなんていう曲か」っていうのはだいたい曲がかかるたびに紹介されるわけだから、毎日聞いてりゃ耳が覚えてくれるもんで、

ちょっと自慢みたいになっちゃうけど🙇‍♂️
そうやって耳が覚えた曲が欲しくてレコード屋さんに行くと
当然売ってもないし、レコード屋のおじさんに聞いてもご存じなかったり。

なんてこともあったりしたのです。
で、
70年代後半にそんな風に聞き始めた洋楽は80年代に入りMTVが開局、音+映像として世の中に配信される時代となります。MVが流れる番組はチェックしてましたよ、テレビ神奈川よく見てました。

そういえばこれを書いてて思い出したんですけど、キングオブポップことマイケル・ジャクソンのお化けアルバム(もちろん売れたという意味でですよ)スリラー(実際お化けというかゾンビがいっぱいMVに登場しますけど)にはちょっと悔しい思い出があって、

スリラーのリリースは82年の12月、日本での発売がいつだったかは知らないのですが、オリコンチャートでは84年の2月から12週連続の1位だったようですから、やっぱり本国よりはちょっと後だったと思います。

その日本での発売よりもだいぶ前のある日、仮病を使って学校をさぼった私はいつものようにFENを聞いていたのですが、ほぼ全曲だったと思うんですけど、スリラーの収録曲がラジオから流れてきたことがあったんですね。

ここから再びちょっと自慢🙇‍♂️

その日、夕方帰宅した2つ上の姉に「今度のマイケルのアルバム超いいから買いだよ絶対!」と興奮気味に報告したところ、
マイケルなんて名前で売れるんだからみたいな言葉とともにばっさりと切り捨てられ、
素直でいたいけな私はその言葉を信じ、購入しなかったのです。
(1曲ずつ買うことのできる今と違って、当時はアルバムで購入。
1枚のアルバムの中に気に入った曲が2曲くらいしかないなんていう悲劇に見舞われることもあったもんです。
なので、買う買わないの判断は超重要!、しかも中学生の小遣いからすれば1枚2,800円だったかな?は大金だから超超重要!
もっともほどなくして貸しレコード「友&愛」のおかげでこの「スリラーを買う買わないのスリル」みたいなものからは解放されていくのですが)

そしたらどうよ!

アルバムは全米で37週も1位になるは、全9曲のうち7曲もシングルカットされ、しかも全部トップ10入りしちまうし、
中坊だった自分は「今更買えるかよバカヤロー」と意固地になって…..

いまだにスリラーは持ってません😭

そんな風に流行ってる音楽を聴きまくっていた10代でしたが、ヒップホップあたりで脱落しました。
80年代のアメリカの音楽シーンでは70年代にグループとして活動していた人がソロでリリースするっていうことも多く、
マイケル・マクドナルドからのドゥービーズとか、ドン・ヘンリーを先に聴いてイーグルスとか、そんな風に70年代の音楽に戻っていったのはそんなきっかけからでした。

音楽を聴くとそれが流行っていた頃を思い出すっていうのはあるあるですけど、
確かに本当の意味でのリアルタイムは80年代の音楽なのだけど、
当時同じく聴きまくっていた70年代の音楽も聴けば当時(ここが70年代じゃなくて80年代ってところがややいびつなんだけど)を思いだすという、私にとってやはり懐かしい音楽なのです。

時代を象徴するようなものとして使われる音楽っていうのも存在しますよね。
例えば終戦直後だったらリンゴの唄とか、復興に動き出した頃だと東京ブギウギとか、その当時の映像とともにバックに流れる音楽。
70年安保の頃のゲバ棒持ってる学生とバックに流れるボブディランとか。

何年か前に1960年から89年までのビルボードの年間チャートのトップ10を全部集めたプレイリストを作りました。
ビートルズとポールモーリアが並んじゃったり、スライ&ザ・ファミリーストーンのあとが夕陽のガンマンだったりするので、店で流すのはちょっと勇気がいるんですけど。

年間チャートの集計って細かいことは知らないので間違ってるかもですけど、
たぶんその年の何月にリリースされたかとかによって影響あるだろうし、
例えば日本だったら若者の間ですごく支持された曲や歌手がいても、大賞をかっさらうのは演歌の大御所みたいな、じわじわだけど人気が長続きした曲が入ってたりみたいなこともあるだろうから
もしかしたら当時の方の肌感覚とはちょっと異なる印象のランキングかもしれません。

そんな意味でもちょっと意外だったり面白いと感じたことがありまして、

皆さんビートルズって何曲くらい入ってると思います?
答えは6曲なんですけど、意外に多い?少ない?
私は予想より少ないという印象です。
とは言え、その後ソロ活動も当然してるし、最多はポール・マッカートニー(ビートルズ名義含む)の12曲。
ちなみに年間チャートインの多いアーティストはというと
次点はマイケル・ジャクソンの7曲(うち3曲はジャクソン5/ジャクソンズ名義)
ジョンレノンも7曲(ビートルズ名義含む)で同じく2位。
もっとも80年に他界してるから活動期間がもっと長かったらわからないですけどね。
キングオブポップよりポールは多かったというわけです。

時代の象徴のように楽曲が使われるボブディランはというと、なんと1曲のみでした。
しかもその曲(Subterranean Homesick Blues)は週間チャート最高39位。
じわじわタイプの典型みたいな曲ですよね。

ディランの代表曲といえば風に吹かれてとかライク・ア・ローリングストーンあたりを思い浮かべる人は多いと思うんですけど、ライク・ア・は最高2位。
で、なんと風に吹かれてはトップ100(週間ランキングで!)にすら入ってないんですって。
ただし、この曲のリリース直後にピーター・ポール&マリーがこの曲のカバーをリリース、そっちが大ヒット。という背景があったためらしいですが。

ディランは自身をプロテストソングの旗手のように評価されることを好まないという趣旨の発言をしてますけど(そうはいってもディランさん、ザ・デス・オブ・エメット・ティルみたいな歌作ってるじゃない、と思うのですが)、どうしてもデモの映像とディランの唄という組み合わせが私の脳裏に強烈に焼き付いていて
私の中で”彼の歌=時代の象徴”感はぬぐい去ることができないものとなってます。
なのに年間はおろか週間チャートで100位以内にすら入っていなかったとは!

長く愛され、何十年たっても変わらず耳にしたりする曲が、必ずしも当時ヒットしていたとは限らない

わたしにとっては実に興味深い事実でした。

もちろん普段はこんなこと考えもしないで聞き流しているだけですけど、ちょっと引っかかったことを掘り下げてくのも面白いものだと…
自分ではそう思ってます。

洋楽のことばかり、とりとめのないことをつらつらと書いてきましたけど、
邦楽ももちろん好きですよ!
ただ、どうしても歌詞が直球でこっちに向かって飛んでくるので、店で流すことがないというだけです。
この曲のあとにこれか?とか、この歌詞で店でかける?とか、どうしても考えちゃうので洋楽に走っちゃいます。

意味わからない=最強!

ですよね。
ただ、うちには外国人の常連さんもいらっしゃるので、そこは恐怖ですけど。
そんな心配をとある外国人に打ち明けたら、そんなに一所懸命に聞いてないから大丈夫。
と、満面の笑みで教えてくれました😅

そんな当店ですが、日本語の歌を耳にすることができる唯一の機会というのがございまして、
それは月一で開催しているライブなのです。

このHP内でも書いてあることなので、繰り返しになりますが
ライブが始まってしばらくすると、店の空気感がしだいに一つにまとまっていくのを感じます。
我々がたとえどんなに美味しい料理を提供することができたとしても、この一体感を作り出すことは
少なくとも私にはできません。

それが”音楽のちから”というものだ。

と、いつも感じます。
そんなライブで時折演奏される昭和歌謡。
大好きです!特に私はちあきなおみさんのカバーに揺さぶられます。

12月、本年最後のライブは26日の金曜日。
仕事納めという方も多いかもしれません。
お坊さんも走る12月、なにかとお忙しい日常をちょっと忘れさせてくれる時間が、当店に訪れます。

もし、お時間の都合がついたら、

いらっしゃいませんか?
















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